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岐阜地方裁判所 昭和44年(わ)170号 決定

被告人 古沢善勝

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する勾留取消事件につき、当裁判所は検察官の意見をきいたうえ、職権で次のとおり決定する。

主文

昭和四四年一二月二四日岐阜地方裁判所裁判官塩見秀則発布の勾留状にもとづく被告人の勾留を取消す。

理由

一、一件記録によれば、被告人は「昭和四三年一〇月下旬ごろ、大垣市郭町二丁目喫茶店マドカ前路上において、中村輝海に対し猥せつ図画である花の下の愛等と題する八ミリカラー猥せつフイルム四巻を現金三六、〇〇〇円で販売した」事実を被疑事実として昭和四四年五月一六日大垣簡易裁判所裁判官中口満広発布の勾留状にもとづいて勾留され、勾留中の同月二三日右被疑事実を公訴事実として岐阜地方裁判所に公訴が提起されたが、同年六月一三日保釈により釈放され、その後あらためて逮捕され、「一、昭和四四年一二月二〇日、岐阜市柳ヶ瀬五丁目一三番地レストランプリンスにおいて、種田虎雄に対し猥せつ図画であるバナナ切り等と題する八ミリカラー猥せつフイルム六巻を現金三九、〇〇〇円で販売し、二、同月二二日、同市島田東町三七の七東町荘内馬場和代方において、販売の目的をもつて猥せつ図画である燃ゆる肌等と題する八ミリカラー猥せつフイルム九巻を所持した」事実を被疑事実として同年一二月二四日岐阜地方裁判所裁判官塩見秀則発布の勾留状にもとづいて勾留され(主文掲記の勾留)、勾留中の同月二七日、右被疑事実とすでに公訴提起済の前記猥せつ図画販売の事実を一括して変更後の訴因とする訴因等変更の請求がなされたことが認められる。

二、ところで、一件記録を精査すれば、前記昭和四四年五月一六日付勾留の被疑事実(前記同月二三日付公訴提起の公訴事実と同一)と、前記同年一二月二四日付勾留の被疑事実(前記同月二七日付訴因等変更請求によつて右公訴事実に付加して一体となり包括一罪の関係に立つものとされている事実と同一)は、いずれも暴力団東浦組の構成員等多数共犯者が長期にわたり組織的になした犯行の一部をなし、一連の犯意にもとづき反覆してなされたものであることが認められるのであつて、右各事実は一体として包括一罪の関係にあるものということができる。そして右のように解するならば、被告人は右一個の罪についてすでに前記昭和四四年五月一六日付で勾留されている上に、重ねてさらに同年一二月二四日付で勾留されていることとなるわけで、右の事態は一罪一勾留の根本原則に反し、被告人に不利益となることが明らかであるから、後の勾留である主文掲記の勾留は取消されるべきである。なお、罪数(数罪が包括一罪か)が最終的には終局判決において判断されることは検察官の所論のとおりであるけれども、裁判所は必要のある場合にはその時点における判断に従つて罪数を定め、これに応じた処置をすべきであつて、現時点において包括一罪との判断に達した以上(裁判所は昭和四五年一月一四日の第四回公判期日において前記検察官の訴因等変更請求を許可している)、裁判所としては当然この二重勾留の違法状態を看過することなく、遅滞なく一方の勾留を取消すべき義務があるものといえよう。

三、ところで、本件は右に述べたとおり一罪について二重に勾留されている場合ではあるが、単純一罪、即ち社会的にも一個としかみられない事実について二重に勾留されているものではなく、前の勾留の被疑事実と後の勾留の被疑事実が社会的には一応別個の事実ともみられる場合であり、しかも前の勾留中、保釈で釈放された後、後の勾留の被疑事実の犯行をなしたものであることは検察官の所論のとおりである。しかしながら、勾留はもちろんのこと逮捕においても被疑者の身柄の拘束はその罪証隠滅行為や逃亡を防止すれば目的を達するものであつて、それ以上に被疑者の取調等捜査の便宜のために認められるものではなく(刑事訴訟法六〇条一項、同規則一四三条の三)、本件のような事実関係にあつても、すでに身柄が勾留によつて拘束されていればあらためて罪証隠滅や逃走の心配はないし、本件のように保釈されている場合でも、必要であれば事情の変更によつて罪証隠滅のおそれが生じたり逃走のおそれが増大したとして保釈の取消をなすことができるのであるから(刑事訴訟法九六条、なお接見等禁止の必要が生じた場合も同様)、一罪一勾留の原則に例外を設けてまで重ねて逮捕、勾留することを正当とする理由は全くない。

四、次に、一件記録中昭和四五年一月八日付岐阜地方裁判所裁判官園田秀樹の保釈許可決定(記録一、一五二丁)、これにもとづく釈放通知書(同一、一五五丁)等の各証拠によれば被告人は同日主文掲記の分の勾留について保釈となり即日釈放されていることが認められるのであるが、この場合であつても勾留が取消されれば被告人は保釈条件の拘束から解放され、保釈保証金の還付をうける利益を有するのであるから、勾留を取消す理由がないことにはならない。刑事訴訟法八七条二項、八二条三項によれば被告人が保釈された場合には勾留取消の請求はその効力を失うものとされているのであるが、右条文の法意は当事者等から勾留取消の請求があり、まだそれに対する決定がなされていないうちに被告人が保釈になつたような場合には、右保釈の裁判の前提として勾留を維持する旨の、即ち勾留の取消をしない旨の判断を先行させているわけであるから重ねて勾留取消をするかどうかの判断を示す必要がない、というにあるのであつて、すでに保釈中の被告人の勾留取消請求が許されないものとは解しがたいし、また右条文の文理解釈上裁判所が職権をもつて勾留を取消すことを禁じているものと解することもできない。

五、また、一件記録中、昭和四四年一二月二七日付岐阜地方裁判所裁判官畔柳正義の求意見書とこれに対する検察官の意見(記録一、一四九丁)、前記保釈許可決定(同一、一五二丁)等の各証拠によれば、昭和四四年一二月二四日付の本件主文掲記の勾留については、同月二七日付の訴因等変更請求後、同日岐阜地方裁判所裁判官畔柳正義が裁判官として、職権でこれを取消すことについての検察官の意見を求め、その意見を得たが、同裁判官は結局勾留を取消す旨の職権の発動をしなかつたこと、また右勾留については昭和四五年一月七日付で弁護人から保釈の請求がなされ、同月八日同裁判所裁判官園田秀樹が裁判官として保釈許可決定をなしたことが認められるし、右勾留取消の職権不発動が本件主文掲記の勾留を適法とする判断の下にとられた処置であることは容易に推認され、また右保釈決定が右裁判官畔柳正義のなした判断に拘束力を認めたが故の決定であるとも考えられる(あるいは右保釈決定は、右先行の判断に拘束されず、本件主文掲記の勾留を適法と判断した上での決定であるかもしれない。)。

ところで右職権不発動と保釈の各決定(前者は形式的に決定をしておらず、不作為の決定である)はいずれも訴因等変更請求によつて新規に裁判所に提起された事実(部分)については、それが実質的には第一回公判期日を終了していない理由により、刑事訴訟法二八〇条の適用もしくは準用によつて裁判官がこれに当つたものとみられるのであるが、本来被告人の身柄の拘束は本案の審理をする裁判所が責任をもつて当るのが原則なのであつて、右法律の規定は予断排除の考慮から第一回公判期日までの勾留に関する処分を裁判官にゆだねている趣旨というべく、第一回公判期日が終了すれば(具体的には被告人、弁護人が公訴事実に対し陳述する機会を与えられれば)、それ以後は本案裁判所が白紙の状態で独自に被告人の身柄拘束問題に対処し、保釈、勾留取消、勾留執行停止等について判断をなしうるもので、刑事訴訟法二八〇条によつて裁判官がなした裁判が本案裁判所からみて誤つた違法な裁判と判断される場合においてもこれに拘束されなければならない、という理由はない。

なお、一般論として、裁判官、裁判所がなした裁判を、適法な不服申立の方法によらず、また何ら重大な事情の変更がないのにもかかわらず他の裁判官、裁判所が勝手にその全部または一部を取消変更すること(勾留については取消、執行停止、移監の同意等)が裁判の権威と安定性を害し、違法不当であることは検察官の指摘を待つまでもなく自明のことであるが、本件があらためて判断をなしうる場合である理由は前述のとおりである。

六、以上のとおり主文掲記の勾留は違法であるから刑事訴訟法八七条一項により職権でこれを取消すこととし、主文のとおり決定する。

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